カギムシとは

カギムシは、マイナーながら、メディアへの露出がそれなりに多い動物群です。
図鑑の片隅やテレビ番組、各種SNSでカギムシと出会い、興味を抱いた方も多いかもしれません。
しかし、専門書などがほぼ存在せず、情報にアクセスしづらい動物群でもあります。

本ページでは、そんなカギムシについて、主にざっくり(時にくわしく)ご紹介します。

はじめに ~ざっくり紹介~

カギムシは……

  • 陸上で暮らす無脊椎動物です。
  • 「ムシ」といっても、昆虫ではありません。
  • 節足動物でもありません。
  • 多数の短い肢を持っています。
  • 漢字で書くと「鉤虫1」です。肢の先にある1対の鉤爪が名前の由来です。
  • 乾燥に弱いため、石や落ち葉の下などの湿った場所に棲んでいます。
  • 小さな種では1cm程度、大きな種では15cm以上あります。
  • 口の左右にある突起から粘液を噴射することができます。
  • 中南米、南アフリカ、オセアニアを中心に、広く分布しています。
  • 世界で200種以上が発見されていて、今なお新種が発見されています。
カギムシのイラスト by いらすとや

カギムシは何のなかま? ~分類の話~

節足動物(昆虫やムカデなどのなかま)ではありません、と言いましたが、それでは、カギムシは何のなかまなのでしょうか?
結論から言えば、カギムシはカギムシのなかまです。
何だそれは……という感じですが、「カギムシと同じグループに属する、カギムシではない動物」は、現在のところ、発見されていないのです。

より具体的な言葉を使うなら、カギムシは「有爪動物門(ゆうそうどうぶつもん)」に分類されている動物の総称と言えます。

生物は現在、「界・門・綱・目・科・属・種」という7つのカテゴリーを用いる方法で分類されています。
たとえば、人間は「動物界・脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・ヒト科・ヒト属・サピエンス種」です。
同様に、昆虫は「節足動物門・昆虫綱」に分類されている動物の総称です。

カギムシは2つに分けられる ~さらに分類の話~

さて、カギムシは現在、「有爪動物門」の1綱1目に属する、2つの科に分けられます(下図)。
大きく分けて、2つのグループのカギムシが存在する、ということです。

綱・目の学名(アルファベット)を示していないのは、頻繁に名前が変わっているためです。2
定着している和名も無いようなので、本サイトでは「カギムシ綱」「カギムシ目」で通します。

2つの科はPeripatidaePeripatopsidaeで、それぞれカギムシ科ミナミカギムシ科の和名を持ちます。
以下に挙げるのが、カギムシ科とミナミカギムシ科のざっくりとした違いです。

カギムシ科
(ペリパトゥス科)
Peripatidae
ミナミカギムシ科
(ペリパトプシス科)
Peripatopsidae
薄茶色や茶褐色体の色青色や緑色
赤道付近生息地南半球
とても多い肢の数多い
※形態上の専門的な差異もありますが、ここでは省きます。
名前の由来

ペリパトゥス科の「peripatus」は、ギリシャ語で「歩くもの」を意味します。

ペリパトプシス科は、ギリシャ語で「似て非なるもの」の「-psis」を付けて、「ペリパトゥスに類したもの」を意味します。

「有爪動物門」の「onychophora」は、ギリシャ語で「爪を持つもの」を意味します。

カギムシはどこにいる?

残念ながら(現在のところ)日本では発見されていない、カギムシ。
では、カギムシは世界のどこにいるのでしょうか?

2023年現在、カギムシが発見されている場所を、以下の地図に、ざっくりと示してみました。

カギムシの分布を示す地図

こうして見ると、赤道付近から南半球にかけて分布していることがわかりますね。
ところで、なんだか妙に離れた場所にもがあるのが気になりませんか?

ガボン(地図の左端の)や、インド(ガボンと日本の間くらいの)では、それぞれカギムシが1種ずつ発見されている……のですが、なんだか地図の空いている場所にも、カギムシがいそうな気がしてきませんか?

今なお新種が発見され続けているカギムシは、その分布の研究も、まだまだ発展途上なのです

ちなみに、カギムシの発見されている国に行ったからといって、必ずしもカギムシに出会えるわけではありません。
カギムシの1種ごとの分布域は、一般的にとても狭いため、具体的な生息地の情報が必要です。
「保護区に指定されている」などの理由で、生息地に立ち入れない可能性もあります。
また、現地の人々に尋ねても、カギムシを知らない可能性も高いです。
出会いたい種にもよりますが、綿密な下調べと、時には運が必要となるでしょう。

もっと知りたい、カギムシの特徴

冒頭の紹介はざっくりすぎましたので、ここで改めて、カギムシ全体に共通している特徴や、筆者が面白いと思っている特徴をご紹介します。

  • やや扁平な円筒状の体に、一対の触角と、多数のいぼ状の肢を持っています。
  • 触角の付け根に、1対の眼を持ちます。眼が退化している種もいます。
  • 肢の本数は種によって異なります

メスとオスで肢の本数が違う種や、肢の本数に個体差のある種もいます。

  • 体表は、薄く柔軟性のあるクチクラで覆われています。

クチクラ表面の細かな突起がビロード(velvet)のように見えることから、ベルベットワーム(velvet worm)という英名を持ちます。

  • 気門(=呼吸するための穴)を閉じることができないため、乾燥に強くありません。
    多くの種は、石や落ち葉の下といった湿った場所を好みます。

  • 肉食性または雑食性です。ミミズや昆虫、朽木などを食べます。
  • 口の左右にある突起から「にかわ」に似た成分の粘液を噴射することができます。
    防御や捕食に役立っているようです。

  • 雌雄異体です。メスとオスがいます。
  • 卵生卵胎生の種に加え、栄養胞や胎盤を形成する胎生種もいます。
  • 若い個体の保護や養育(つまり子育て)を行う種もいます。

カギムシにはどんな種がいる?

「1種1種のカギムシのことが知りたい」「世界にはどんなカギムシがいるの?」

そう思った方は、本サイトの「カギムシ種紹介」の記事(随時更新)を覗いていただけますと幸いです。
あるいは、「カギムシ名鑑」のページに、カギムシ全種の名前を載せていますので、そこからご自分で調べてみるのも、アリ寄りのアリです。ようこそ、カギムシの世界へ!

カギムシと古生物

ところで、古生物について調べる中で、カギムシや「有爪動物門」について知った、という方も多いかもしれません。
実は、カンブリア紀の古生物ハルキゲニアアイシュアイアミクロディクティオンなどは、カギムシと同じ「有爪動物門」に分類されていたことがあります

とはいえ、そう考えられていたのは昔の話。
現在は、カギムシと共通の祖先を持つ、別の分類という考えが主流のようです。

カギムシの歴史

過去に思いを馳せたところで、カギムシの研究史についても、軽くご紹介します。
(分類的な意味で)激動の歴史をお楽しみください。

1826年 カリブ海のウィンドワード諸島(セントビンセント島)で発見!

「脚を持つナメクジ」と考えられ、「軟体動物」に分類されました。

1833年 さっそく分類が変わる!

肢や筋肉の構造が環形動物(ゴカイなど)に似ていることから、「環形動物」の「遊泳類3」に分類され直しました。
「遊泳類」と「多足類」の中間的な動物、と考える研究者もいました。

1836年 南アフリカでも発見!

1853年 肢先に鉤爪を持つことから、Onychophora(有爪類)という名称を与えられる!

解剖の結果から「ヒルのなかま」と考えられ、「蠕虫類4」に分類されました。

1873年 気管で呼吸することが明らかに!

原気管類(Protracheata)として「節足動物」に分類されました。

原始的な節足動物」という扱いでした。

1880年代 解剖学、発生学、生態学、分布、行動などに関する論文が増加!

1905年1907年 カギムシのモノグラフ(分類学の総説)5が発表!(E. L. Bouvier)

カギムシ分類の基礎が築かれました
ミナミカギムシ科が設けられたのも、この時です。
なお、フランス語で記されています。

1940年代~ 「ユニラミア仮説」などの議論の中で注目される!

「ユニラミア仮説」とは「昆虫・多足類・有爪動物が1つのグループである」とする説です。

「ユニラミア仮説」は1990年代に否定されましたが、カギムシと他の動物群との関係については、現在に至るまで議論され続けています。

1950年代には、環形動物と節足動物を結ぶ「ミッシングリンク」という捉え方が広く知られるようになりました。

環形動物っぽい特徴(関節のない脚や平滑筋)と、節足動物っぽい特徴(脱皮や開放血管系)を併せ持つためです。

現在でも、図鑑や辞典でこの記述が見られることがあります。

1975年 新熱帯区のカギムシ科の分類が改訂!(S. B. Peck)

およそ70年ぶりに、カギムシの分類学的研究が進みました。
眼を欠く洞窟性のカギムシ、Speleoperipatus spelaeusも記載されました。

1985年 ミナミカギムシ科のモノグラフが発表!(H. Ruhberg)

ミナミカギムシ科の分類が、よく整理されました。
複数の新種も記載されました。

1996年 オーストラリアのミナミカギムシ科のモノグラフが発表!(A. L. Reid)

オーストラリアのカギムシについて、大規模な再分類が行われました。
41種もの新種も記載されました。

2012年 カギムシ全種の確認リストが改訂!(I. S. Oliveiraら)

筆者が大喜びしました。

なお、このリストは2023年現在に至るまで更新され続けています。

紆余曲折を経て、「有爪動物門」の1綱1目2科に分類される形に落ち着いた、カギムシ。

他の動物群との関係については諸説あり、現在でも議論が続いていますが、近年の分子系統解析などからは「節足動物の祖先から、早い段階に分岐した動物群」という説が支持されています。

さいごに ~カギムシをおびやかす脅威~

系統分類学などの議論の中に登場することこそ多いものの、カギムシの生態や分類を扱った研究は、決して多くありません。
発見されているにもかかわらず、正式に発表されていない種(未記載種)も多くいる、というのが現状です。

そんな中、カギムシの多くは絶滅の危機に晒されています。

カギムシのほとんどは、狭い地域にだけ生息する、固有種です。
移動能力が低いため、生息地が失われればすぐに絶滅してしまう、と考えられます。

ジャマイカのSpeleoperipatus spelaeus や南アフリカのOpisthopatus roseus など、IUCNのレッドリストにおいて「Critically Endangered(近絶滅種)」に指定されているカギムシもいます。

熱帯・亜熱帯の森林が減少していく中、人知れず絶滅していくことが危惧されています

脚注

  1. 寄生虫の「鉤虫(こうちゅう)」とは無関係です。 ↩︎
  2. 「有爪動物門」には化石動物が分類されることがあり、それらの綱・目と区別する目的で、 新しい綱名・目名が提唱されることがあります。 ↩︎
  3. Errantia(遊泳類)。現在は「遊在目」という名称で、一部のゴカイなどが分類されています。 ↩︎
  4. 「蠕虫類」という分類群は、現在は存在しません。 ↩︎
  5. Monograph(モノグラフ)。生物の分野では「特定の分類群について、全世界あるいは特定地域に生息する全種を網羅して記載した、総説論文」を指します。 ↩︎
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